自分の「懐」である沼津で、紡がれた思い出を作品に/ステンドグラス作家木村洋介さん(沼津市)
2025.6.11
アート&カルチャー
日本一の富士山を眺めながら、休日を大きく楽しむ!
静岡県東部を中心とした新(深)情報サイト「ふじスマ+(プラス)」のライター、スマコです。
ふじスマプラス連携エリア内で活躍するアーティストにスポットを当てる応援企画。
今回は、沼津市で活動するステンドグラス作家の木村洋介さんをご紹介します。

注目のステンドグラス作家 木村洋介さん
沼津市出身の木村さんは現在31歳。大学でデザインを学び、グラフィックデザイナーとして活躍しています。ものづくりに興味のあった木村さん、「工房WARAI」の河合隆男さんのもとで2020年からステンドグラスを学び始めます。以降、看板やパネルなど、依頼を受けてオーダーメイド品を制作しています。

2025年5月 木村洋介さんの初個展 懐-kai-が開催されました
ステンドグラス作家として初めての個展が、沼津市内浦三津のギャラリー・イベントスペース「omusubi」で開催されました。
作家として活動するなかで、行き過ぎた大量消費社会へ疑問を抱くように。そして、時間の経過とともに消えていく日本の“古き良きもの”をより意識するようになったといいます。
現在は生産されていない昭和型板ガラスや、建具などの古材を作品づくりに積極的に取り入れている木村さん。初個展の展示作品にまつわる、生まれ育った沼津のまちとの特別なストーリーがありました。
会期:2025年5月17日(土)~26日(月) 10:00-16:00
5/21(水) 特別夜間展示【黄昏】18:00-20:00
会場:omusubi(沼津市内浦三津)※入場無料
後援:沼津市、沼津市教育委員会
築約100年のレトロ建築「omusubi」から発信する奥駿河の魅力
作品と会場が織り成す世界をたのしむ油絵画家。北見美佳個展「鯨と目を合わせる」

建設から約70年。変わりゆく沼津の景色
JR沼津駅南側に位置する「沼津アーケード名店街」。(沼津市町方町)
1954年(昭和29年)の建設から70年以上が経ち、建物の老朽化や後継者問題など、商店街を取り巻く環境の変化と課題により再開発が進められています。
ー再び人が集まれる場所にー
2025年6月現在、地下2階(駐車場)、1階は店舗、2階以上は住宅の地上10階建てのビルが建設中です。※2029年3月完成予定
2024年8月末、解体工事を前に、所有者の方のご厚意により建物見学会が行われました。
その見学会を訪れた知人から、解体される建物にたくさんの型板ガラスが使われていることを聞いた木村さん。型板ガラスを譲っていただけないかと、2024年10月初旬に、「町方町・通横町第一地区市街地再開発組合」理事長の水口隆太さんを訪問しました。

場所にしみ込む思い出をステンドグラスに
水口さんのもとを訪れたのは、引き渡し直前というタイミングでした。
この日初めて顔を合わせた木村さんと水口さんでしたが、木村さんが作品づくりにおいて大切にしていることやコンセプトを聞いた水口さんは快く型板ガラスを譲ってくれました。
屋上で遊んだこと、ご近所付き合いや日々の暮らしについて、ご自身の小さな頃の思い出などを話しつつ、引っ越し作業をほぼ終えた住居スペースを水口さん自ら案内してくれたといいます。
「私は再開発について寂しいと思うよりも未来のことを考えた方がいいと思っていて。沼津の景色を未来へ残そうという木村さんの作品づくりを聞いて応援したくなりました」(水口園/水口隆太さん)
水口さんの声かけによって、「水口園」、「だいこくや」の2軒から型板ガラスを譲り受けることになりました。ステンドグラスの手法を用いて、変わりゆく沼津の景色を思い出とともに保存しよう。この出会いをきっかけに、初個展のテーマが「懐-kai-」決まりました。
個展にチャレンジしようと思った当初、木村さんは家族やお世話になった人に見てもらえる機会をと考え、狭く深く見せられればと考えていました。沼津アーケード名店街との関わりがあったり、変わりゆくまちの中で失われていく素材(型板ガラス)があったり、準備を進める中で社会的に視野を広げることができるようになりました。
「創作活動をする上で、物が溢れているこの時代に自分が何かを生み出すことの責任や意義というものを常に考えるようにしています。型板ガラスを作品に取り入れていくことで、自分のものづくりに意義が生まれました。“家にある古いものを何か活用できるかもしれない”、ものを大事にする気持ち、無くなってしまうかもしれない風景を大事にする意識が芽生えるなど、作品を見た人に刺激を与えることができれば」と、木村さん。

2025年5月13日 記念作品の御披露目会
型板ガラスを譲り受けてから約7ヶ月後の2025年5月13日、木村さんは「水口園」、「だいこくや」を訪れ、解体前の2軒をステンドグラスで表現した「沼津アーケード名店街」を初披露しました。
それぞれの居住スペースに使われていた型板ガラスを、作品の半分以上使って制作した「水口園」と「だいこくや」の2作品。それぞれの家族の思い出がしみ込んだ型板ガラスを使うことが、今回の作品づくりにおいて大切にしたこと。
「引っ越しで慌ただしく、あの時はゆっくり思い出と向き合うことができませんでしたが、こうしてステンドグラスにしてくれたことで改めて振り返ることができました」(だいこくや/海野美保子さん)
「未来へ繋げていく思いの結晶ですね」(水口園/水口隆太さん)
思いがけず生まれた木村さん、水口さん、海野さんの世代、職種を超えた交流。
ステンドグラスを見つめる笑顔の3人が印象的でした。

「沼津アーケード名店街」思い出のステンドグラスを初個展で展示
「水口園」、「だいこくや」の2軒から譲り受けた型板ガラスを用いて制作した作品「沼津アーケード名店街」。A4サイズの大きさの2枚が対となり、「沼津アーケード名店街」の景色を作り上げます。
ステンドグラスと聞くと、色鮮やかでカラフルなイメージを持っている方が多いのではないでしょうか。
「沼津アーケード名店街」をはじめ、今回の個展のテーマ「懐-kai-」は、数種類の型板ガラスとワントーンの色ガラスを組み合わせたデザインが大きな特徴です。
シックな仕上がりを狙い、切り取った景色からアクセントカラー1色を決定。「沼津アーケード名店街」に関しては、外壁の茶色からイメージカラーを抽出しました。
型板ガラスとステンドグラスを合わせた作風を、前々から試行錯誤していた木村さん。
シンプルだからこそ、型板ガラスの良さが出るのだといいます。
「修善寺ヒュッテ、鎌倉のゲストハウス「亀時間」のご依頼で制作したパネルも型板ガラスを使いました。自分が古道具や、暮らしの時間や思いがしみ込んだものがすごく好きということに改めて気づいたんです。何かを大事にする気持ちって、ノスタルジーや懐かしさが感情を揺れ動かすきっかけになると思います。今、目の前にある変わらない風景は当たり前ではないということに気づいて、自分の中で大事にする、それが懐かしむという行為では。且つ、31年生まれ育った故郷沼津は、今の自分を形づくってくれた懐のような存在(場所)なので、懐かしいと懐(ふところ)と2つ意味をかけて、一文字「懐」をテーマに掲げました」
「沼津アーケード名店街」の2作品については、個展終了後に、「水口園」、「だいこくや」へ寄贈されます。再開発ビルの完成後には、また隣同士で出店予定という2軒。もしかしたら、今後、店内で木村さんの作品を観ることができるかもしれません。

過去のオーダー作品や新作を含めた10点を展示
ステンドグラスは、普段の日常にあまり馴染みのない工芸品。
「ガラスは自分で着色しているのか?」など、作り方について来場者から質問も。
制作で使用している道具やガラスも展示し、来場者の前で時折実演する姿が見られました。また、実際に建具を見てもらったり、ガラスを切る体験をしてもらったりと工夫しながら、紙面上、SNS上では伝えきれなかった細かな気づきやポイントを木村さんが直接説明をしました。
「“懐かしいねぇ”と、実際に来られた方が作品を観て口にしてくれました。自分が伝えたかったこと(個展のテーマ)が作品を通じてちゃんと相手に届いたと、その言葉を聞いてすごく嬉しかったです。伝わったことから何か変化が生まれるのでは。届けるということの大切さを実感しました」

人を想う。温かさを感じる木村さんの作品
“自分に関わる人を大切にしたい”木村さんの愛情深さと人柄を感じられるひと言。
思い出の景色の切り取り方や視点、そして、型板ガラスの特徴である凹凸や模様を活かした表現方法に木村さんのセンスと表現力が光ります。
「大平のおしどり」(上写真)は、木村さんが祖父母に贈る作品です。
農作業をするおばあさんを愛犬とともに見守るおじいさんをステンドグラスで表現しました。
窓を連想させる四角の模様の型板ガラスを家に、木の幹の凸凹、富士山の山脈など、その質感をイメージさせる模様を選びテクスチャーにもこだわっています。
「ステンドグラスは色のついているガラスなので、後ろから光源を当てることで色の良さが出ます。型板ガラスはテクスチャーが模様によって違うので、壁に飾っても見る角度によって陰影が表情豊かに変わるのが楽しめるポイント。水墨画など陰影を楽しんできた日本人の古来からの感覚にも通じるのでは。廃材のアップサイクルができることも大切ですが、色が少なくシンプルだからこそ光源の反射を純粋にキラキラと楽しめるところが魅力だと思います」

沼津の景色をステンドグラスで保存していく
人々の憩いの場所である千本浜海岸。訪れた各々が好きなように過ごしているのだけれども、海を眺め、みんなでひとつのものを共有する、そんな平和な光景が木村さんは好きなのだといいます。
「沼津の景色はもちろんですが、日本の景色、古き良きもの(素材)を使って作品を残していきたいです。懐の派生であるテラリウムなど、型板ガラスを使用して“自分で作ってみる”というワークショップを企画したいと考えています。作業を通して、廃材に知恵と工夫で新しく命を吹き込むという意識を世の中に少しでも普及できたら」
今後の活動として、沼津市内で今秋以降に個展を開催予定とのこと。
懐シリーズの新作にお目にかかれるかもしれません。
沼津で紡がれた数多くの思い出をステンドグラスでこれからも表現し続け、いずれは自身の作品が見られるスポットをまとめたマップをつくりたいという構想も。
時代とともに移りゆくまちの景色に寂しさを感じないといったら嘘になりますが、未来を真っ直ぐみつめる木村さんなら変化を前向きなものへと変えてくれると期待を抱く素敵な出会いでした。
情報 – ステンドグラス作家 木村洋介
≫お問合せや製作依頼はホームページから
96Arts&Crafts
Instagram:@96_anc_glasswork
【会場について】
施設名:omusubi
所在地:静岡県沼津市内浦三津129
OPEN:不定休 ※イベントなど、SNSでお知らせ
Instagram:@omusubi130
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2025年5月に取材しました